わくわくむきりょく生活でいこう!

”むきりょく体質”なりに、より良い毎日を目指す「わくわく無気力生活」を実践中。むきりょく体質”でも夢は叶うのか?

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1年は短いようで、やっぱり長いのだ。

2009年も残りわずか。

今年の手帳をパラパラと見返してみたら、
なんやかんやと、けっこういろんなことがあったなと気づく。

ここ8年くらいだろうか。
大きな転換を余議なくされる出来事が何度もおこり、
新しい生き方をすべく、もがき続けてきた。

でも、今年は近年にないほど、自分にとっては穏やかな1年で。

すご~く大きなイベントや目に見える変化があったわけでもなく。
過不足ない1年だったなと思っていたけど。

でも手帳を見返してみたら、その中にあっても、
それなりにもがいてた(笑)

素敵な出会いもあったし、突然の別れもあった。

忘れられないほど楽しいこともあったし、
ショボくれることもあった。

なんのことはない。
忘れっぽくなっているだけかも、だ。

1年、あっという間に思えるけど、こうして振り返ってみると、やっぱりけっこう長い。

1年もあれば、いろんなことが起こる。
来年も、きっといろんなことが待ってるんだと思う。

1年後、どこへ行ってるかなんて、ホントわからない。

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数年会わなくても、平気になってきた。けど・・・

ちょうど去年の今ごろ、まるさんと伊豆へ蛍を見にいったっけ。

hotaru2.jpg
初めて見たホタルは感動で、そんで警戒警報が出るほどのどしゃ降りの中を観光したのは良い思い出だ。

そのとき、まるさんとの前々回の旅行は、いつだったけな~と思ったら、1年半も前だと気づいて、ちょいビックリしたんだよね。

なにせ自分の感覚としては、半年前くらいに行ったような感覚だったので。

助っ人に来てくれた沢さんとも、実は2年以上ぶりで、”そんなに前だっけ~~!?”とさらに混乱に拍車がかかったのだった。


思えば、最近、こういうことが多すぎだわー
自分の時間感覚と、現実の時間の流れる速さとの乖離が開いていく一方で。

ちょっと油断すると、何年も会ってない人って、たくさんいる。

会わなければ会わないで、なんとかなってるのも事実だし、
お互いに必要を感じないときにムリに会うこともないとも思うのだけど、
さすがに10年とか会わないと、いくら親しかった人でも、
知らない人と同じくらいな距離を感じるのも確かなので、賞味期限は、きっとある

他の人と比べてみたとき、私が、濃厚な人間関係を保つことができてないように感じるのは、この辺に原因があるのかもしれないな・・・

ある程度の間隔で、メンテナンスは必要ということなんですよね。きっと。

私は、そのへんが無精なタチで、ついついほったらかしにしがちなんだけど、
今はネットがあるので、ブログやメールなんかで、
昔よりも、そのハードルが低くなってるのが、有難いところ。

直接会うことがなくとも、ネットでゆる~く繋がってるだけで、
かなり違ってきますものね。

大人の時間はなぜ短いのか  (集英社新書)今のネット社会は、出会いの場を広げるだけでなく、
人間関係の維持という面においても、可能性を広げてくれている気がする。

特に私みたいなタイプの人間には。

それが味気ないという意見もあるかもしれませんが、
選択肢はないよりは、あったほうがいい。
たぶん。

新説 年をとると、月日のたつのが早くなる理由

前回、[あとで読む]でクリッピングした記事を、はてなブクマに整理しなおした話をしましたが、そのとき気づいたことが、

”半年以内の記事は、鮮明に覚えているが、それ以前になると曖昧”

半年以内にクリッピングした記事
⇒どういう理由でクリッピングしたのかとか、そういうことまでハッキリ覚えている

1年ぐらい前の記事 
⇒”ああ、こういう記事もあったね。”と、その記事をクリッピングしたことは覚えているが、当時の状況は曖昧。

挙句の果てに、2年くらい前の記事になると、”こんな記事、クリッピングしたっけか?”と、クリッピングしたこと事態、覚えてない記事もあったりする・・・・

ちょっと、コレには愕然としましたけど。私、ボケが始まってるんじゃないかと。

たぶん、お年寄りの人が忘れっぽいのって、どんどん、このタームが短くなっていくってことなんだろうなあ・・。


大人になると、なぜ1年が短くなるのか?
子供のときに比べて、大人になると、年月のたつのが速く感じる理由についての話を書いたことがありますが、その理由として、代謝の関係とか、先の見通しがないと時間がたつのが遅く感じるとか、年齢分母説とかいろいろあったわけです。

でも、記憶力が衰えて、たとえば3年分について、覚えていられる量が減ったことも関係してるような気がしてます。。

20歳のときは、3年分の内容を、ほぼ9割覚えていられたとして、今はたぶん3割しか覚えてない。とすると、記憶している量としては、20歳のときの1年分相当くらいの量になる理屈。

だから、3年前のことが、つい1年くらい前のつもりになってたりする。

記憶力の衰えが、年をとると時が経つのを早く感じる理由だなんて話、ついぞ聞いたことありませんが、自分の中では、この私説が、今んとこ、いちばんしっくりきてるんだけど・・・・真相はどうなんだろー?

1年が過ぎるのを短く感じるのは、老化現象なのか?

大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書 460G) (集英社新書)
1月は、なんだか長く感じた月だった。

退屈で長かったわけではなく、密度が濃かったため、長く感じたっぽい。いつもは1しかできない時間で、2のことができたときには、倍の時間価値があるということだろうか。

新しいことの連続で、時間あたりの学習密度が高い子供のころのほうが、年月の経つのが遅く感じるものだが(逆に、年をとると月日が速く過ぎるように感じる)、それと同じ現象のようにも感じる。

年ととると月日が速く過ぎる原因としては、代謝の低下が原因という説もあるようだが、こちらの本は、私が感じたことを仮説として挙げているようだ。

でも、言われてみれば、なんとなく身体のラインがおばさんっぽくなてきて、代謝が落ちてきたな~ということを実感し始めた35歳以降、圧倒的に1年が過ぎるのが速くなってきている。

大人になると月日の過ぎるのが速くなるのが、”代謝の低下が原因”ならば、1年の速さの感じ方は、老化のバロメーターということかもしれない。

もしかすると、時間濃度を増すこと(=充実した時間を過ごすこと)によって、月日の経つのが遅く感じるのならば、それが老化防止=代謝のUPにもつながってたりして(笑)!


実際には、いろいろな心理的要因や錯覚も関与しているはずで、一元的には説明できないはずだとは思いますが、子供と大人の時間感覚の違い。そこに老化防止のヒントがあったとしたら、実に面白いですね。

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